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高脂肪でほぼ炭水化物を含まない「ケトン食」は、体重管理や血糖コントロールを目的に取り入れる人も増えていますが、長期間続けた場合に代謝全体へどのような影響が出るのかは、これまで十分に調べられていませんでした。
マウスを使った今回の研究では、ケトン食が体重増加を防ぐ一方で、時間の経過とともに血糖値の調整やインスリンの分泌に変化が現れることが示されました。
この記事を読んでわかること
- 体重増加は防いだが、血糖値調整とインスリン分泌には時間とともに変化がみられた
- 血糖値の異常はインスリン抵抗性ではなく、分泌そのものの低下によるものだった可能性
- 膵臓の細胞内で、タンパク質を運ぶ仕組みが乱れた可能性
※本記事は、科学的知見や専門家の知見、研究データの紹介を目的としており、医学的アドバイスではありません。
診断や治療については、必ず専門医にご相談ください。
また、本記事は執筆時点の情報をもとに作成しています。最新の情報については、必ずご自身でご確認ください。
用語解説
「ケトン食」は、てんかん治療の分野で使われてきた医学的な名称。「ケトジェニックダイエット」は同じ食事法を指す一般的な呼び方で、主に減量目的の文脈で広く使われている。本記事では、研究の医学的な文脈に合わせて「ケトン食」という表記で統一している。
食後に血糖値が正常な範囲に戻りにくくなる状態。糖尿病の前段階として注目される指標のひとつ。
インスリンが分泌されているにもかかわらず、体の細胞がその働きに反応しにくくなっている状態。2型糖尿病の主な原因のひとつとされる。今回の研究では、ケトン食による血糖値の異常は、この状態とは異なる仕組みで起きていた。
膵臓の中にあって、血糖値に応じてインスリンを作り分泌する細胞。
細胞の中でタンパク質を加工し、必要な場所へ送り出す働きを持つ小さな器官。インスリンのように分泌されるタンパク質は、ここを経由して細胞外へ運ばれる。
掲載誌:Science Advances
論文:「 A long-term ketogenic diet causes hyperlipidemia, liver dysfunction, and glucose intolerance from impaired insulin secretion in mice 」
背景:未検証だった「体重」と「血糖値・インスリン値」への長期影響
ケトン食(ケトジェニックダイエット)は、炭水化物をほとんど摂らず、脂質を主なエネルギー源とする食事法で、「ケトーシス(体が脂肪をエネルギー源として使う状態)」を引き起こします。
この食事法は、てんかん治療の一環として100年近く用いられてきました。
1960年代には、この食事法によって血糖値とインスリン濃度が低く保たれることに着目し、肥満治療への応用が提案されました。
以降、糖尿病・がん・アルツハイマー病・老化予防など幅広い効果が期待されるようになりましたが、それを裏付ける十分な科学的根拠は乏しいままでした。
マウスを用いた過去の研究でも、結果は一貫していませんでした。
体重については減少を示す研究が多い一方、増加を報告するものもあります。
また、血糖値やインスリンへの影響についても、改善を示す研究と、耐糖能異常やβ細胞の減少を報告する研究の両方が存在します。
食事の脂質・炭水化物の配合や、カロリー制限の有無、投与期間の違いが、これらの食い違いを生んでいる可能性があります。
さらに、これまでの研究の多くはケトン食による「体重減少効果」に着目したものであり、脂質異常や肝臓の状態、体重減少後の代謝への影響まで総合的に調べた研究は限られています。
特に、長期間・自由摂取雄雌両方を含めた条件での研究はほとんど存在していません。
そこで本研究では、雄雌のマウスに約1年間ケトン食を自由摂取させ、低脂肪食・高脂肪食と比較しながら、体重だけでなく血糖・インスリン・肝臓・膵臓の状態までを総合的に検証しました。
あわせて、すでに肥満になったマウスにケトン食を用いた場合の体重減少効果と、その代謝への影響についても調べています。
調査方法:ケトン食と他の食事の比較検証
研究には、Jackson Laboratory由来のマウス(雄雌)が用いられました。
生後14~15週齢から、次の4種類の食事のいずれかを与えられ、雄は最長36週間、雌は最長44週間にわたり自由摂取が続けられました。
また、予防効果を調べる実験には雄169匹・雌60匹、体重を減らす効果を調べる実験には雄雌各30匹が用いられ、いずれも複数の独立した集団で再現性を確認しています。
比較された4種類の食事法
以下の数値は、カロリーに占める割合です。
| 食事 | たんぱく質 | 脂質 | 炭水化物 |
|---|---|---|---|
| 低脂肪食(通常のたんぱく質量) | 20% | 10% | 70% |
| 低脂肪食(ケトン食と同量のたんぱく質) | 10% | 10% | 80% |
| 高脂肪食 | 20% | 60% | 20% |
| ケトン食 | 10% | 89.9% | 0.1% |
※2種類の低脂肪食は、結果のほとんどで同じ反応を示したため、本記事ではまとめて「低脂肪食」と表記している。
測定方法
- 体重・体組成:磁気を使って体内の脂肪量・除脂肪量を測る専用機器(NMR)で測定。
- 血糖値・ケトン体濃度:尾からの少量採血を、携帯型の測定器で測定。
- 血中の中性脂肪・コレステロール・遊離脂肪酸・インスリン濃度:一定時刻に採取した血液を、比色法や抗体を使った定量検査(ELISA)で測定。
- 耐糖能・インスリン感受性:一晩絶食させた後にブドウ糖またはインスリンを注射し、その後の血糖値の変化を追跡(ブドウ糖負荷試験・インスリン負荷試験)。
- インスリン分泌能:ブドウ糖を静脈から持続的に注入して、血糖値を一定に保ちながら血中インスリン濃度を追跡する試験(高血糖クランプ)、および膵臓から取り出した膵島(インスリンを分泌する組織)を用いた摘出組織での分泌試験。
- 膵島の構造:膵臓切片をインスリンで染色し、画像解析ソフトで大きさ・数を測定。
- 肝臓の状態:肝臓切片を染色し、病理医が脂肪化・炎症の程度を評価(評価者には食事の種類を伏せた)。
- 膵島・肝臓の遺伝子発現:採取した組織からRNAを抽出し、網羅的な遺伝子解析装置(次世代シーケンサー)で解析。
- 膵島の微細構造:電子顕微鏡で、インスリンを分泌する細胞内の構造を観察。
※統計解析には主に分散分析(ANOVA、複数群の差を比較する統計手法)を用い、P値0.05以下を統計的な基準とした。
結果:血糖とインスリン分泌への影響
ケトン食を与えたマウスを、低脂肪食・高脂肪食と比較した結果は、以下の通りです。
体重は抑えられても、脂質異常と肝機能低下が進行
<体重>
- ケトン食は高脂肪食より体重増加が明確に抑えられた(36週間後:雄は高脂肪食54g/ケトン食43g|44週間後:雌は高脂肪食60g/ケトン食35g)。
体組成をみると、雄のケトン食での体重増加は主に脂肪量の増加によるもので、除脂肪量は変化しなかった(26週間)。
雌のケトン食では脂肪量(約13g)・除脂肪量(3.5g)の両方が増加した。
体脂肪率は高脂肪食の方が高い傾向で、雌では明確な差(高脂肪食63.7%対ケトン食46.7%)がみられた。
<脂質・肝臓>
- 血中中性脂肪はケトン食で高脂肪食の約1.7倍、遊離脂肪酸は1.8~2.75倍に上昇。
- 肝臓の脂肪化は雄のケトン食で高脂肪食と同程度、雌のケトン食ではみられず。
- ALT値(肝機能の指標)は雄のケトン食で低脂肪食の約4.5倍、雌のケトン食では低脂肪食と差はなし。
肝臓への影響には性差があった。
耐糖能異常は進行、原因はインスリン抵抗性ではない
<耐糖能>
- ケトン食は11週目(雄)・31週目(雌)に高脂肪食と同程度の耐糖能異常を示し、33週目の雄では高脂肪食を上回った(ケトン食539 mg/dl対高脂肪食427 mg/dl)。
- 異常は投与開始1週間で現れ、時間とともに悪化した。
しかしインスリン負荷試験では、ケトン食は低脂肪食と同じ反応を示し、高脂肪食のような反応の鈍さ(インスリン抵抗性)はなかった。
原因はインスリン分泌そのものにあった。
<インスリン分泌>
- 低脂肪食はグルコース注射後に分泌が明確に増加したが、ケトン食はほとんど増加せず。
- この欠陥はケトン食開始4~8週間後(雄)、15週目以降(雌)に確認された。
ケトン食の耐糖能異常は、抵抗性ではなく分泌不足が原因といえる。
膵島の構造は正常、問題はインスリン分泌のタイミング
膵島の面積・数・インスリン含有量は、ケトン食と低脂肪食で差はなかった(大きかったのは高脂肪食のみ)。その他の能力に問題はない。
<高血糖クランプ試験(ブドウ糖を投与し続け血糖を目標値に保つ実験)>
- 低脂肪食・高脂肪食は投与15分でインスリン値がピークになった。
- ケトン食は0~10分でむしろ低下し、ピークは90分後だった。
<摘出膵島での実験>
- 高濃度ブドウ糖刺激でケトン食・高脂肪食とも低脂肪食より分泌が少ない。
- 細胞を直接刺激する薬剤(KCl)では高脂肪食の分泌がブドウ糖時より増えたが、ケトン食はブドウ糖時とほぼ同じだった。
高脂肪食は「糖を感知する力」、ケトン食は「分泌の仕組みそのもの」に問題があると考えられる。
遺伝子解析でわかった「細胞内の輸送障害」
<膵島の遺伝子発現>
- ケトン食対低脂肪食で1666遺伝子が変化(高脂肪食対低脂肪食は242遺伝子)。ケトン食の影響が高脂肪食よりはるかに大きい。
- ケトン食特有の変化群では、小胞体(ER)ストレスやER-ゴルジ体間輸送の経路が集中して変化。
- 最も増加した遺伝子Creb3l3はER・ゴルジ体ストレスで活性化される。
- ゴルジ体の構造維持に関わるRab8b、Rab30、Rab39は逆に低下。
電子顕微鏡では、ケトン食のゴルジ体が低脂肪食より明らかに拡張・断片化していた。
このゴルジ体の目詰まりが、インスリン分泌を妨げている可能性が指摘されている。
体重を減らしても、糖代謝の異常は解消しない
- ケトン食への切り替えは、体重減少幅が低脂肪食よりはるかに小さい(9週間後:低脂肪食20.9g減/ケトン食5.4g減)。
- 体重を減らしてもケトン食は高脂肪食(体重変化なし)と同程度の耐糖能異常を示した。
- 低脂肪食は分泌が正常化したが、ケトン食は分泌そのものが戻らなかった。
ただし、長期ケトン食から低脂肪食への切り替えでは4週間後に耐糖能異常が解消しており、悪影響の一部は可逆的とみられる。
また、脂肪量は高脂肪食と同じで炭水化物のみケトン食並みに減らした食事でも同様の異常がみられ、問題はケトン体自体より低炭水化物・高脂肪という構成に起因する可能性が示唆される。
考察:研究結果の解釈と限界点
以下は、結果に基づく研究者らの解釈であり、今後の検証を要する旨を含みます。
ケトン食は、糖質を極端に制限し脂質を主なエネルギー源とする食事法で、本研究では低脂肪食・高脂肪食と比較されている。
この結果から言えること
- 体重増加の抑制と、長期的な脂質異常・肝機能低下が同時に起こる点は、他の複数のケトン食研究とも一致する。
- 耐糖能異常の原因はインスリン抵抗性ではなく「分泌障害」であり、脂肪組成を保ったまま炭水化物のみ極端に減らした食事でも同様の異常が再現された。ケトン体そのものよりも、高脂肪・低炭水化物という組み合わせ自体が原因である可能性が高い。
- ケトン食でみられる低インスリン血症は、しばしば「良好な血糖コントロール」のサインとして語られるが、むしろβ細胞の機能不全を示すサインと捉え直すべきだという解釈が示されている。
- 遺伝子発現と電子顕微鏡の所見からは、膵島内のゴルジ装置の機能不全・小胞体ストレスがインスリン分泌障害の背景にあるというモデルが提唱されている。
- 体重減少は限定的で、体重を減らしても耐糖能異常は改善しない。ただし、低脂肪食へ切り替えると耐糖能異常が解消したことから、影響の一部は可逆的とみられる。
この結果だけでは言えないこと
- 本研究は単一のマウス系統・単一配合のケトン食による研究であり、脂肪の種類や他の系統・ヒトでも同様の結果になるかは今後の検証が必要。
- ゴルジ機能不全のモデルは、遺伝子発現と電子顕微鏡画像から導かれた仮説であり、ゴルジ機能そのものを直接検証した結果ではない。
- てんかん治療では主に小児が短期間ケトン食を用いるため、成体マウスへの長期投与という本研究の設計をそのまま使用できるかは慎重な検討が必要。
- 体重差を生んだ要因のうち、エネルギー消費は総合的に評価されておらず、食事摂取量以外の影響は明らかではない。
総括:ケトン食への新たな知見
この研究は、体重を抑えるケトン食が、長期的には血糖値調整とインスリン分泌に深刻な影響を与える可能性を、マウスを用いて明らかにしました。
これまでケトン食は、インスリン濃度を下げる食事法として、血糖コントロールの改善や糖尿病寛解のサインだと捉えられることが多かったです。
しかし今回の結果は、その低インスリン血症自体が、膵臓の機能不全を映している可能性を示しています。
体重が増えにくいという利点の裏側で、糖代謝には見過ごせない代償が生じているという見方が浮かび上がります。
また、この影響はケトン体そのものよりも、極端に炭水化物を減らし脂肪を増やすという食事構成自体に由来する可能性が示された点も重要です。
低炭水化物・高脂肪という食事スタイル全般に共通する課題である可能性があります。
一方で、今回の知見はマウスでの長期投与実験に基づくものであり、ヒトでどこまで当てはまるか、脂肪の種類や食事の組み方によって結果が変わるかは、今後の研究を待つ必要があります。
ケトン食を含む食事法は、体質や目的によって向き不向きがあり、その選択は本来、個人の心と身体の状態に合わせて主体的に判断されるべきものです。
今回の研究が示すのは、体重管理の効果だけでなく、血糖値・インスリン値への影響も含めて、食事法を見極める視点の大切さだといえるでしょう。
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※本記事は、国際的な学術誌『Science Advances』に掲載された海外の査読済み論文および一次研究データに基づき、科学的エビデンスを確認した上で執筆されています。
論文情報
- 公開日:2025年9月19日
- 研究機関:単独機関(米国・ユタ大学)/一部実験(生体外GSIS)はバンダービルト大学の研究コアに委託
- 掲載誌:Science Advances
- 論文:「 A long-term ketogenic diet causes hyperlipidemia, liver dysfunction, and glucose intolerance from impaired insulin secretion in mice 」
資金提供
資金提供元:本研究は、米国国立加齢研究所(NIA)、ワシントン大学の糖尿病研究センター(DRC)、米国国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所(NIDDK)、Damon Runyon-Rachleff Innovation Award、米国国立がん研究所(NCI)、アメリカがん協会(American Cancer Society)から資金提供を受けて行われました。
利益相反:著者らは利益相反がないことを申告しています。





