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トラウマとなった出来事の夢を見て、飛び起きるほど恐い思いをしたことはないでしょうか。
その夢は、まるでその場に戻ったかのように、細部まで生々しく見えていたかもしれません。
トラウマ体験のある人の多くが、こうした悪夢に悩まされています。
今回の研究では、このようなトラウマの再体験をするような悪夢と脳との関連性が調べられました。
その結果、記憶に関わる脳の部位と、目で見た情報を処理する部位とのつながりが強い人ほど、悪夢の中で感じる感情が強く、見える映像もよりリアルであることが分かりました。
この記事を読んでわかること
- 記憶と視覚に関わる脳部位のつながりが、悪夢の「感情の強さ」と「映像の解像度」に関わっていた
- 悪夢の中でも、「映像の解像度」だけが悪夢症状の重症度と独自に結びついていた
- 脳のつながりの強さは、PTSDの重症度や悪夢の頻度そのものとは関係なかった
※本記事は、科学的知見や専門家の知見、研究データの紹介を目的としており、医学的アドバイスではありません。
診断や治療については、必ず専門医にご相談ください。
また、本記事は執筆時点の情報をもとに作成しています。最新の情報については、必ずご自身でご確認ください。
用語解説
命に関わるような出来事や、強い恐怖を伴う体験をした後に、その記憶が意図せず何度もよみがえったり、強い不安や緊張が続いたりする状態。
脳の左右にひとつずつある、細長い形をした部位で、新しい出来事を記憶として残す働きの中心を担っています。海馬は前方部分と後方部分とで役割が違うことが分かっており、前方部分(海馬前部)は感情に関わる情報、後方部分(海馬後部)は映像や空間といった感覚的な情報に、より深く関わるとされています。
脳の左右にひとつずつある「アーモンドのような形」をした部位で、恐怖や不安といった感情の処理に深く関わっています。
脳の後方に位置し、目から入ってきた情報を処理する部位です。実際に何かを見ているときだけでなく、記憶を思い出して頭の中に映像を思い浮かべるときにも働くことが分かっています。
掲載誌:Translational Psychiatry
論文:「 Emotional intensity and visual imagery in trauma nightmares map to posterior hippocampus connectivity 」
背景:未解明だった「悪夢」と「脳のつながり」
トラウマ体験のある人の多くが、苦痛を伴う悪夢を経験すると言われており、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された人のうち、70~90%がトラウマに関連した悪夢を経験すると報告されています。
こうした悪夢では、トラウマとなった出来事を、そのまま再現するような映像や場面が現れることが多く、目が覚めた後にも強い感情や鮮明な感覚が残ることが特徴です。
この症状は、PTSD症状のひとつである「日中に記憶が突然よみがえる侵入症状」とも関連することが分かっています。
そのため、この悪夢に適切に対処するためには、その背景にある脳の仕組みについて、より深く理解する必要があるとされています。
これまで「トラウマ再体験」は、情動の処理に関わる「扁桃体」、記憶の形成に関わる「海馬」、判断や制御を担う「前頭前皮質」という3つの脳部位の働きによって説明されてきました。
一方で、近年の研究では、海馬は前方部分と後方部分とで役割が異なり、前方部分(海馬前部)は感情、後方部分(海馬後部)は視覚や空間の情報処理に関わるとされています。
また、「海馬前部と扁桃体のつながり」は感情の想起に、「海馬後部と視覚野のつながり」は視覚的なイメージの想起に関わると考えられています。
そこで研究チームは、トラウマ体験のある成人を対象に、悪夢と脳のつながりについて調べました。
調査方法:悪夢の記録と脳画像検査
対象
- 対象者:アメリカ / ボストン在住のトラウマ体験がある成人
- 参加条件:重大な外傷体験があり、直近1か月間に週2回以上トラウマに関連した記憶が蘇った人
- 記録期間:2週間
- 最終的な分析対象:66名(女性54名 / 平均年齢33.5歳)
この期間中に報告された悪夢を見た回数が、2回未満の参加者は、悪夢の性質を十分に捉えられないため、分析から除外されました。
また、記録期間の終了後、参加者は専門家による面接と、安静時の脳画像検査を受けました。
測定方法
▶︎悪夢の性質
毎朝、スマートフォンのアプリを通じて、悪夢の有無(前夜)とその特徴が調査されました。
悪夢があった場合は、以下の5つの性質が評価され、2週間の平均値が算出されました。
- 記憶の鮮明度
- 映像の解像度
- 感情の強度
- 追体験の感覚
- 内容の断片化
▶︎症状の重さ
PTSDの診断・重症度を判定するための専門家面接が行われました。
この面接には、悪夢症状の重症度を評価する項目も含まれており、参加者の85%がPTSDの診断基準を満たしていることも確認されました。
▶︎脳のつながり
安静時の脳画像から、「海馬前部と扁桃体のつながり」と「海馬後部と視覚野のつながり」の強さがそれぞれ算出されました。
また、これらの脳部位と脳全体の領域とのつながりを示すマップも作成されました。
これらのデータをもとに、次の4つの分析が行われました。
- 悪夢の5つの性質と悪夢症状の重症度との関連
- 悪夢の性質と脳のつながりとの関連、および関連がみられる脳の範囲の特定
- 脳のつながりと悪夢症状の重症度や悪夢の頻度との直接の関連
- PTSD症状全体の重症度による悪夢の性質と脳のつながりへの影響の変化
結果:悪夢による「感情の強度」と「映像の解像度」への影響
海馬後部と視覚野のつながり
海馬前部と扁桃体のつながりでは、悪夢の性質との明確な関連はみられませんでした。
一方、海馬後部と視覚野のつながりでは、以下の関連がみられました。
- 悪夢の「感情の強度」との明確な関連
- 悪夢の「映像の解像度」との明確な関連
- これらの関連は、年齢や性別の影響を取り除いても保たれた
また、海馬後部と視覚野のつながりは、悪夢の「記憶の鮮明度」や「追体験の感覚」とも関連がみられましたが、こちらは複数の比較による誤差を調整すると、明確な関連とまでは言えませんでした。
悪夢と脳のつながりに関するこれらの関連は、左側の海馬ではみられず、右側の海馬後部に特有のものでした。
視覚野への影響
「映像の解像度」との関連がみられた脳の範囲を調べたところ、視覚野を中心とした範囲に集中していました。
「感情の強度」との関連がみられた範囲も、同じく視覚野を中心とした複数の領域に及んでおり、両者は重なり合う脳の範囲を示していました。
悪夢症状との関係
専門家による評価でみた悪夢症状の重さは、以下の悪夢の性質と明確な関連がみられました。
- 感情の強度
- 映像の解像度
「記憶の鮮明度」や「追体験の感覚」についても関連がみられましたが、複数の比較による誤差を調整すると、明確な関連とまでは言えませんでした。
「内容の断片化」については、悪夢症状の重さとの関連はみられませんでした。
さらに、5つの性質を同時に考慮した分析では、他の性質と重なる部分を除いても、「映像の解像度」だけが単独で悪夢症状の重さと結びついていました。
悪夢の頻度や重症度との関係
海馬後部と視覚野のつながり、および海馬前部と扁桃体のつながりは、いずれも専門家による悪夢症状の重さの評価とは、明確な関連がみられませんでした。
また、記録期間中に経験した悪夢の回数とも、明確な関連はみられませんでした。
PTSDの診断や重症度による違い
PTSDの診断の有無や、PTSD症状全体の重症度によっても、海馬後部と視覚野のつながりと、悪夢の「感情の強度」や「映像の解像度」との関連の強さは変わりませんでした。
考察:研究結果の解釈と限界点
この結果から言えること
- 海馬後部と視覚野のつながりは、悪夢の「感情の強度」と「映像の解像度」の両方と関連していた
- 海馬前部と扁桃体のつながりは、悪夢のどの性質とも明確な関連を示さなかった
- 「感情の強度」と「映像の解像度」に関連した脳の範囲は、いずれも視覚野に集中し重なり合っていた
- 5つの性質を同時に検討すると、症状の重さを独自に予測していたのは「映像の解像度」だけだった
- 「感情の強度」と「映像の解像度」は互いに強く結びついた性質と考えられ、悪夢の感情の強さは映像の鮮明さから生じている可能性がある
- 脳のつながりの強さそのものは、専門家評価による悪夢症状の重さや悪夢の頻度とは関連しなかった
- 脳のつながりと悪夢の性質との関連は、PTSDの診断の有無や症状全体の重さに左右されなかった
この結果だけでは言えないこと
- 本研究は安静時の脳のつながりを調べたものであり、悪夢を見ている最中の脳の状態を直接示すものではない
- 測定は目を開けた状態で行われており、実際の睡眠中の脳の状態とは異なる可能性がある
- 分析対象は、悪夢を一定回数以上経験した人に絞られており、悪夢の少ないトラウマ経験者にも同じ結果が当てはまるとは限らない
- 参加者の多くが白人や非ヒスパニック、女性に偏っており、異なる背景を持つ人にも同じ結果が当てはまるとは限らない
- トラウマと関係のない一般的な悪夢についても、同じ脳のつながりが関わっているかどうかは分からない
- トラウマを経験する前から悪夢があったかどうかは調べられておらず、この脳のつながりがトラウマによって生じたものかは分からない
総括:「悪夢」と「脳のつながり」への新たな知見
今回の研究では、記憶に関わる海馬の後方部分と、視覚情報を処理する視覚野のつながりが強い人ほど、悪夢を見たときに感じる恐怖や不安が強く、その場面もはっきりと見えていることが分かりました。
つまり、悪夢を見た本人が感じる恐怖や不安の大きさは、心の弱さやトラウマの記憶が強く残っていることではなく、その悪夢がどれだけリアルに見えるかによって生まれている可能性があります。
一方で、この脳のつながりの強さは、PTSDの重症度や悪夢が起きる頻度とは関連していませんでした。
この結果から、悪夢の恐怖や不快感を生む仕組みと、PTSDの症状に影響する仕組みは、別々に動いている可能性があります。
悪夢を見ている際の脳への影響や、悪夢を見ている全ての人にも同じことが言えるかは、今回の研究ではまだ分かっていません。
それでも、トラウマによる悪夢の恐怖や不快感が、本人が見た映像のリアルさと結びついているという「脳のつながり」の発見は、悪夢そのものを支援の対象として捉え直すきっかけになるでしょう。
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※本記事は、国際的な学術誌『Translational Psychiatry』に掲載された海外の査読済み論文および一次研究データに基づき、科学的エビデンスを確認した上で執筆されています。
論文情報
- 公開日:2026年8月3日
- 研究機関:マクリーン病院 / ハーバード大学医学大学院 / ワシントン州立大学
- 掲載誌:Translational Psychiatry
- 論文:「 Emotional intensity and visual imagery in trauma nightmares map to posterior hippocampus connectivity 」
資金提供
資金提供元:本研究は、米国立衛生研究所(NIH)から資金提供を受けて行われました。
利益相反:著者らは利益相反がないことを申告しています。




